「アヤ・ブレアの想い」(3.罠)

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 報告にあった町は,周囲を深い山に囲まれた小さな農村部に隣り合う形で存在していた。
「ふぅ……こんなところに町があったなんてね……」
 長いドライブに疲労気味だったアヤは,ほっとした声を漏らして大きく体を伸ばす。
 若々しい体に,清々しい空気をいっぱいに吸い込むと,アヤはゆっくりと町を眺めた。
 前の大きな事件の時に,訪れたドライフィールドにどことなく似ている。
 くたびれたようなモーテル,赤茶色に錆びついた屋根の売店,窓ガラスが破れたままの民家。
 そしてガソリンスタンド。
 町には,責任者と,自警団として数人の男たちだけが残っているということだった。
……随分と,寂れた所ね……
 声には出さず,周囲を見回したところで,アヤの姿を認めた責任者や自警団とおぼしき男たちが
出迎えに現れた。

 男たちは,アヤが自己紹介をして本題に入ろうとしても,どこか釈然としない顔だった。
「それにしても……あんた,本当にFBIの捜査官かい? 疑うわけじゃないが…あんまり,その…
別嬪さんだからよ……何かのテレビってわけじゃあ……」
「残念ながら,本当よ。私はタレントではないわ。話を聞かせてくれる?」
 今まで,何回となく経験した前置きを今日も経ると,手慣れた様子で身分証を見せる。
 男たちは,一様に驚いたように顔を見合わせた。
 しかし,間違いはない。
「すまんかったな。田舎者の集まりなんだ。気を悪くしないでくれ。ワシが話そう」
 町の責任者は,納得した様子で話を始めた。

 町の責任者に示された,クリーチャーの出現場所は,町からさほど離れていない地点にある。
 宛がわれたモーテルの一室で,無線で本部とカイルに連絡を入れたアヤは,ゆっくりとくつろぐ
間もなく,すぐに捜査に出かけることにした。
 今日のうちに,何らかの目ぼしをつけることができれば,明日の捜査がやりやすい。
「もう,捜査に出かけるのかい? 今日のところはゆっくり休んで,捜査は明日にした方がいいん
じゃないのかい?」
「ありがとう。でも,まだ昼を回ったばかりだし,周辺の様子を確かめておきたいの」
 自警団の男たちに軽く礼を言うと,アヤは山道へと向かった。

 山道を歩くうち,アヤは間もなく奇妙な感覚に囚われていくのを自覚していた。
 周囲の風景に,どことなく見覚えがあるのだ。
……そうだ……ここは…あの夢で見た……
 ドクンと,心臓が大きく高鳴る。
 周囲から音が消えていく。
 最近,連日のように自分を苦しめてきた,あの夢で見た風景……
 もちろん確証はないし,どこが似ているというわけでもない。
 しかし,そうだとしか言いようがなかった。
……あの場所に行かなくては……クリーチャーの報告がされていた地点よりも少しだけ先だけど,
きっと元凶はあの場所ね……あの場所に何かかがある……間違いないわ……
 アヤは,迷いもなく奥深い林の中に入って行った。

……あった,この小道だわ……
 林は,すぐに森となる。
 やがて,目指す地点にもうすぐ到達しようかというところまで来たとき……
「クロカワ!!」
 茂みに囲まれた,小さなトンネルのようなものの前で,アヤは思わず大きな声を出した。
 アヤは,目を疑う。
 そこには,MISTのメンバーの一人,隻腕のクロカワが銃を構えて立っていた。
「やあ,アヤ,思ったより早かったな」
 クロカワが,銃を持った左手を上げて答える。
「どうして? MISTは全員,別の任務に就いているはずじゃなかったの」
「あぁ,そうなんだがな。自分の任務地のクリーチャーを鎮圧しているうちに,ここまで辿り着い
たというわけさ。山の向こうからな……」
「そう……やはり,ここ最近頻発していた事件の元凶はここだというわけね。それにしてもここを
探り当てるなんて流石ね,クロカワ」
「いや,アヤ,それでも君にはとても敵わない」
 短く髪を刈った顔に精悍な笑みをこぼして,クロカワが謙遜の言葉を返す。
 クロカワは,片腕で36歳という年齢でありながら,いまだMISTの精鋭であり,新任の頃の
アヤに懇切丁寧に戦闘の手ほどきをしてくれた,いわば大恩ある大先輩であった。

「もう一人,俺と一緒に来た若手のジェンセンがいるんだが,どうもピンチらしい」
「ジェンセンが……?」
 ジェンセンとは,最近,MISTに入ってきたばかりの捜査官だった。
 まだ経験は浅いものの,若々しく力に溢れ,NMCに対抗する知識や戦闘技術は十分に兼ね備え
ているはずだった。
 ジェンセンの真っ直ぐな瞳を思って,アヤの顔が曇る。
「急ごう。この先にいるのは間違いない」
……MISTをピンチに陥れるほどのクリーチャーが,この先にいるというの?……
 とすれば,能力の高い新種が現れたか,それとも集団で行動しているのか…
 全容が不明のまま,次第に大きくなっていく事件の予感。
 アヤの胸を,一抹の不安がよぎった。

 トンネルをくぐり,クロカワが先行して駆けつけた先にジェンセンはいた。
 木や茂みの陰に隠れた形で立っている,粗末な小屋。
 その前に,ジェンセンは十字架に磔にされる形で囚われていた。
 アヤは,信じられないという顔で呟く。
「ちょっと待って……あんなの見たことないわ。人を捕らえて磔にするなんて…そんなことって…
…あれが,クリーチャーの仕業だと言うの? あれは,クリーチャーの仕業ではないわ…」
「それが,そうでもないんだな。その証拠に,ほら……ここにいる」
 クロカワが漫然と振り向き,銃口をアヤに向けた。
 同時に,周囲から,わらわらとクリーチャーが現れ出てくる。
「すまんな。アヤ」
 短く刈った頭に黒い瞳を光らせ,クロカワははっきりとそう言った。

「これは一体……どういうことなの? クロカワ……」
 アヤは,目の前で向けられた銃口の意味が理解できない。
 いや,理解したくないというのが正直なところだった。
「何? これは……どういうこと? 説明して,クロカワ……」
 震える声で,アヤも銃を構え返し,クロカワに言い迫る。
 今まで,敬愛する恩人だと思っていたクロカワが裏切るなど,決してあり得べきことではない。
 しかし,クロカワの言葉は無情だった。
「説明も何もないな。ジェンセンを捕らえて磔にしたのも,ここいらのクリーチャーを創り,支配
しているのも俺だということだ」
「なんてこと……そんな……」
 想像だにしていなかった事態を突きつけられ,アヤは息を飲む。
 引き金にかけた指から,力が抜けていく。
「アヤ,大人しく捕まってもらおうか」
 それに呼応するように,クリーチャーの触手がアヤの腕に巻き付いた。

「よくやった。クロカワ。もういいぞ」
 不意に声が聞こえ,小屋の中から一人の男が出てくる。
「グリストファ局長……!?」
 それは,昔,クロカワが所属していた支局の局長だった。
 40代にして局長の座に上り詰めた男は,満足そうな態度でアヤを眺める。
「君に任せていれば,アヤを手に入れることができるという私の読みは当たったな。君は,自信が
ないなどといって嫌がったが,私は君の人望と腕を信頼していたよ。どうだね,可愛い部下を手に
かけては,もう後戻りすることはできないぞ。後は,進むのみだ」
「分かっている……最初からそのつもりだ」
 そこへ,触手に腕を取られながらも,自分を取り戻しつつあるアヤが割って入った。
「こんなことをして,一体何をしようというの? 頼りになる仲間だと思っていたのに…」
 アヤの問いに,グリストファは愉しげに口を開く。
 一言一言に,ゆっくりと力を込めたグリストファの張りのある声は,しんとした森の中に響き渡
り,妙な迫力を感じさせた。
「仲間? そう,私たちは仲間だよ……間違いなく。私たちは今まで,たくさんのNMC研究所を
潰してきたよな。しかし,アヤ…君にだって分かるだろう? どこの研究所で創られたNMCも,
未熟で未完成な…研究結果としては,実に酷い代物だった。知能も意思もない。しかし…そうだな。
一つ一つの技術の追究の仕方には,特筆すべきものがあった」
 いったん言葉を切ったグリストファは,アヤの反応を確かめるようにニヤと笑う。
「私は……それを,灰にしてしまうのは勿体ないことだと思った。様々な研究所の成果を,上手く
一つの系統に統合できたら……そうは思わないかね? そして,それができるのは研究所などでは
ないのだ。果たして……それは,誰だと思う?」
「な…何を……言っているの……?」
 アヤは,震える唇で,やっとそれだけを返す。
 グリストファの言い指すことが何なのか,アヤには何となく分かった。
 しかし,それは考えるだけでおぞましいことだった。
 何があっても,決してそれだけは,絶対にあり得ないと信じて疑わなかったこと…
……違う……違うわ……そんなことって……
 だが,グリストファは,決定的な言葉をアヤの胸に突き刺す。
「それは,我々さ。産業スパイなどという,まどろっこしい事も必要とせず,堂々と合法的に乗り
込んで機密資料を得ることができる…我々,MISTだけに成し得ることなのだよ。この数年間は,
特にいい資料が手に入ったよ。君たちのおかげで,あちこちのね。君たちは,実によい仕事をして
くれた」
 グリストファの告白は,アヤを打ちのめすには十分すぎるものだった。
「何と……言うことを……」
 呆然となったアヤの耳を,グリストファの声が滑っていく。


 NMCを根絶する志半ばで,力尽きていった仲間たち……
 最後の顔,最後の言葉がアヤの脳裏に,はっきりと蘇る。

 NMCに囲まれ,離れた仲間を援護できなかった無念さ。
 やっとの思いで駆けつけ,血溜まりの中,夢中で抱え上げた力のない体。
……ごめんなさい………私が…私が,もう少ししっかりしいたら……
 悲痛な思いで見つめるアヤの表情は,もう彼らの目には見えていなかった。
 焦点の定まらない瞳で,アヤに向けた顔は,誰もが笑顔だった。
『あぁ……見えるよ……見えるんだ………アヤ……君にも…見せてやりたい……』
 あのとき彼らは,消えゆく自分の命よりも確かに,NMCが根絶された後の人々の幸福な未来を
信じていた。
 しかし,それが新たな…更に強大なNMCを創り出すことに使われていくなどと,いったい誰が
考えただろう。
 グリストファの言葉は,今まで命を賭して戦ってきた仲間たちに対する冒涜だった。


……許さない………絶対に許さない……
 アヤは涙を浮かべ,奥歯を噛み締める。
 グリストファの野心は,とうの昔に危険水域を越え,力を求めて更なる肥大化を繰り返してきた
のだった。
 口を開く一秒毎に,邪悪さが増してくるような感さえある。
……こうなるまで,誰も気付かないなんて……
 アヤは,戦慄を覚えていた。
 今や,目の前にいる男は,放っておくにはあまりにも危険な存在となっていた。

「それで分かったわ……クロカワを操っているのも,あなたなのね?」
 怒りに滲むアヤの声が,生気を帯びる。
 目の前の男は,はっきりと『邪悪』だった。
 クロカワほどの男に,そのことが分からぬはずはない。
……何か理由があるんだわ……
 アヤの瞳が,生き生きと息を吹き返した。
「人聞きが悪いな。人を操る技術は持っていない。クロカワは自分の意志でやったのだ」
「どうせ,人の弱みにつけ込んだのでしょう! 悪者のやることは決まっているものよ!」
「ふん,何が分かる! やれるものなら,やってみるがいい」
 グリストファとの軽い応酬をこなしつつ,腕を捕らえていた触手を,戦闘ナイフでひと息に切り
落とす。
 自由になった身を翻して銃を構え,瞬間的に狙いを定めたクリーチャーの1体に,数発の弾丸を
撃ち込み倒す。
 不意をつかれて反応ができないでいるもう1体に,続けざまに弾丸を撃ち込む。
「形勢逆転ね」
 アヤは,不敵に笑った。

 周囲を完全に包囲されても,アヤは,まったく負ける気がしなかった。
 近づいてきた数体を速射で倒し,グリストファに銃口を向けて向き直る。
「ムダよ。あなたのしたことは,とても許されることではないわ。覚悟して」
 しかし,グリストファは悠然として,クロカワに銃は使うなと合図をする。
「さあて……それはどうかな。これだけのクリーチャーに囲まれて,それだけのことを言える度胸
は大したものだがな。では……力を見せてもらおうか。頑張ってくれ」
 言葉と同時に,クリーチャーがアヤに向かって一斉に動き始めた。
 その瞬間,アヤの髪が風を受けたように波打つ。
 近づいてきたクリーチャーの一陣が,炎を上げて吹き飛んだ。
 続いてもう一度……二度……三度。
 轟音を上げて燃え上がるクリーチャーの横で,今度は数度の爆発が起こる。
 土や木々が破片となって飛び散り,クリーチャーたちが次々と倒れ伏す。
 静かになった後には,立っているクリーチャーは,もう残っていなかった。

「ムダだと言ったはずよ。大人しくするのはあなたの方ね。本部まで来てもらうわ」
 しかし,グリストファは不遜なまでの態度を変えない。
 余裕のある笑みは,アヤ以上の不敵さを漂わせていた。
「パラサイトエナジーか……確かに凄い。是が非でも,その力が欲しいものだな……」
「何を言っているの? さあ,手を上げて。ジェンセンを自由にするまで動かないでよ…」
 そのとき,グリストファの唇が動く。
「君のパラサイトエナジーは,予測以上のものだった。だがな,手は二重,三重に用意しておくの
が私のやり方でね。次の手は,実はもう打ってあるんだが……聞きたいかね?」
 イヤな予感に,アヤの動きが止まる。
 まじまじと見つめたグリストファの顔は,得体の知れない不気味さに満ちていた。
「くくくっ……刺客というものを知っているかね? 使いどころを間違わなければ,絶大な効果を
持つ,最高にスマートな手段だよ。果たして,君の大切なカイル君とイブお嬢ちゃんは無事で済む
かな? ふふふ……こればかりは,君のパラサイトエナジーも無力だと思うが。形勢,再逆転とで
も言おうか?」
 アヤの顔から,急激に血の気が引いていく。
 グリストファが,声を上げて面白そうに笑った。

「まさか……そんな…そんなことって……なぜ…どうして……どうして,彼らを…っ……」
 かつて感じたことのない衝撃に,声が掠れる。
……カイルが…イブが,標的にされるなんて……
 それは,考えてもみないことだった。
 いくら,NMCが強大な能力を持つといっても,正面からの力と力のぶつかり合いになる以上,
アヤに恐れはなかった。
 必ず勝つ…その一念で冷静に対処すれば,道は切り開くことができる。
 そう信じて,今まで何度も大きな戦いを乗り越えてやってきたのだ。
 アヤにとっての戦いとは,それがすべてだった。
 だが……目の前にいるこの男は別だった。
 力のぶつかり合いよりも,力を出させず封じ込める戦いをしてくる相手。
 その意味では,NMCよりも遙かに邪悪で恐ろしい。
……どうすれば……いったい,どうすればいいの……
 アヤの心は,今まで感じたことのない冷たい恐怖に締め付けられた。
 グリストファが,勝ち誇ったように口を開く。
「どうだね? 君の大切な彼らを助けるために,大人しく言うことを聞いて私のモノになるという
条件は成立するかな?」
 アヤは答えられない。
 長い沈黙が流れる。
 アヤにとって,長い長い苦悩の沈黙だった。
 しかし,他に道などあるわけもない。
 グリストファは,この日のために周到な準備をしていたのだった。

「カイル君は強い男だよ。しかし,私がコントロールしているクリーチャーもなかなかのものでね。
一撃必殺の力を持っている。カイル君は,不意打ちを受けても無事で済むかな? イブお嬢ちゃん
も何か能力を持っているらしいが,まだコントロールはできてもいまい? それでも,アヤ……君
は,私に反抗を続けられるのかな?」
「何の……何のために,私を自分のモノにしようというの…?」
「それは,君の知るところではない。まあ,男の邪悪な欲望だと思ってもらっていい。とりあえず,
君のその美しい体を存分に犯したいというのが,今の私の望みだ」
「…っ……な……何て…下劣な……」
 アヤは悔しそうに歯噛みする。
 こういう状況でなければ,女としてとても受け容れがたい要求…
 しかし……それだけが目的だとは,とても思えなかった。
 第一,やることが大がかりすぎている。
……いったい,本当の目的は何なの……
……カイルに抱かれてもいないのに……こんな男に汚されるなんて……
……カイル……イブ……どうか無事でいて……
 苦悩するアヤを,グリストファは楽しそうに見つめていた。
……ふふふっ…苦しむだけ苦しむがいい。そして,私のモノになる覚悟を決めるのだ……
 その先で,ついに長い沈黙を破って,アヤが口を開く。
「わかったわ……どうすればいいの?」
 アヤは銃を捨てた。

 抵抗を止めたアヤの足首に,生温かい何かが巻きつく。
 ヌルッと濡れた感触に目をやると,地面から生え出た数本の触手だった。
「大人しく,じっとしていたまえ」
 唇を噛み締め,声に従うアヤの体を,十本ほどに増えた触手が絡め取っていく。
 触手に身を任せるように,アヤは体から力を抜いた。

    続く 動画 アダルト動画 ライブチャット